佐保川 白壁王が即位し(光仁天皇)、井上内親王が皇后、他戸(おさべ)親王が皇太子と定まって、称徳女帝没後の皇位継承問題は一件落着とみえたが、そうすんなりといかないのが人の世の常、そこがまた歴史を読む醍醐味でもある。 事件が起こったのは新天皇…
称徳女帝は独身だったから子どもはいない。それはやむをえないことだが、後継者たる皇太子を決めないまま、亡くなってしまった。無責任のそしりはまぬがれないが、廟堂の重臣たちにも責任があっただろうに、と思える。どういう事情だったのだろう。 称徳天皇…
引用をストックしました
引用するにはまずログインしてください
引用をストックできませんでした。再度お試しください
限定公開記事のため引用できません。